仙台での被災と、その後の様子

◆英語を楽しむ

The Japan Earthquake~as a evacuee

I’m usually in Tokyo or Sendai……I was writing an article at a building next to Sendai-station on the 9th floor as usual at the moment the Japan earthquake occurred.
いつも東京か仙台にいる私は、東北太平洋沖地震のその時、仙台駅隣のビル9階で原稿を書いていました……。

It started from a small shake and finally, the building made heavy shaking sounds as if it was roaring and I was slipping on the floor even as I prostrated myself under the desk and held its leg. Things were falling from the desk and many bottles were scattered and cracked on the floor having fallen from the shelf. Women’s screams echoed in the building.
最初は小さな地震でした。そこから、建物が鈍くゴゴゴとうなるような音をたて、身を守るために机の下につかまって伏せました。そうして机の足をつかんでも、自分が床の上を滑るのがわかるほどに揺さぶられるのです。そして、つかんだ机の上からも物が落ち、あちこちでビンが散らばって割れ、建物に女性の悲鳴が響いていました。
①koiblog 110330  s  building2.jpg②koiblog 110330 s building3.jpg③koiblog 110330 s building.jpg⑧koiblog 110330  s  bottle.jpg
During the earthquake, I was thinking about my daughter who was in nursery at the moment of the quake. The fallen building under the huge earthquake in New Zealand also drifted through my mind. After the violent shaking had finished, I was told that I should evacuate to the closest park, but I just ran through the city and went to the park where my daughter should be.
揺れの中で頭をよぎったのは保育園にいる娘と、ニュージーランドの倒壊した建物。激しい地震がおさまると、そのまま避難するように言われながら、街の中を走ってとにかく娘が避難しているはずの公園に向かったのです。

There were many glass panes and walls falling off from buildings and I saw some parts of the pedestrian bridge had fallen out on my way to the park. When I found her, I just tore and said thank you to the teachers who protected her.
娘を探して公園に向かう途中、たくさんのガラスや壁が落ち、歩道橋もはがれ落ちています。そんな中を走り……娘の姿を見つけた瞬間、涙がこぼれ、娘を守ってくれた先生たちに、ただただ感謝して頭を下げました。

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④koiblog 110330  s  bridge.jpg⑤koiblog 110330  glass.jpg⑥koiblog 110330  s  glass3.jpg⑦koiblog 110330  s  glass2.jpg
I had experienced a Japanese earthquake of a scale of 6 before, but this one was so much bigger and longer than that one. My house wall fell and cracked, things were scattered on the floor and furniture had fallen. My family members are safe, however, and our house building itself remained.
以前、震度6の被災をしたことがありましたが、今回は比べ物にならないほどの揺れと長さでした。家も外壁は落ち、ヒビが入り、家の中はぐちゃぐちゃで、家具は転倒。それでも、私たちは家族も無事で、家も建物自体は残っていました。

The damage we got was so much smaller than other victims and evacuees. Even my neighbors stayed in an elementary school, close to our houses, as an evacuee. Thank god and I’m terribly sorry for those people.
近所の方たちも、近くの小学校に避難していましたし、今も残っている方はいます。それでも被災地の中では、私たちはかなり被害が少なかったと申し訳なく思います。

Here are some pictures from the place I was, when the earthquake happened and on the way back home.
ここで紹介するのは自分がいた場所の写真や、家までの写真です。正直、小さな娘から目が離せず、安全な場所のみで、あまり撮れてはいませんが。

So many people in the Tohoku area are still looking for their families and suffering from a lack of food, water, medicine and so many other things you need to survive. This is especially true in the area where the Tsunami hit.
被災地では、まだ多くの方が家族を探し、水や食料や薬ほか、生きるための物資も足りません。津波被害を受けた地域の方は特に深刻です

I sincerely pray for the victims and I will make efforts to recover the city myself.
心から亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、私自身、1日も早い復興に尽力していきます。

My daughter didn’t wear her jacket and socks when she evacuated from the nursery and someone I didn’t know, gave us a huge bath towel, with which I wrapped and protected her from the sudden snowstorm that started after the earthquake. I was struggling at the moment, however, the way she was makes me laugh now…
さて、娘は靴下はかず、ジャケットも着ておらず、誰か知らない人が大きなバスタオルをくれました。それで彼女をくるんで、地震の後に急に起きた吹雪から身を守りました。そのときは必死でしたが、今になると、ちょっと笑えます……。
⑨koiblog 110330 s snowstorm.jpg⑩koiblog 110330 s Youka.jpg
I stayed in Sendai after the earthquake, however, because of the lack of food and things, pollution and strong aftershocks, I made a heart-breaking decision to separate from family and evacuated to the Kanto-area with my daughter.
しばらく仙台に残りましたが、大気汚染、物資不足、強い余震など3歳の娘には厳しい状況が続き、断腸の思いで家族と別れてふたりで関東に避難してきました。
いつまた大きな地震がくるかもしれず、避難してからも家族が心配で眠れない日が続き、娘も小さな揺れにも反応していました。でも、日がたつにつれ少し落ち着いてきています。

You know what? Very easy but sincere words from your loved ones are so much more precious and touching than tactful words and music from celebrities. ~The Japan earthquake.  
こんな状況で……アーティストや著名人が考え練って書いた曲や文章よりも、近しい人が「無事でよかった」「安心した」「力になれるなら」「できることがあれば」……と、本気で言ってくれた一言のほうが、本当に心に染み、うれしかったです

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まだ東北太平洋沖地震の被害が、まだ進行中であることを感じていただければと思います。
前述したとおり、私たちは「被害がなかった」と思えるほどに、
周囲の方々は、まだまだ大変です。心から1日も早い復興を願います。
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*I’ll tell you the way to evacuate to Kanto-area with my three-year-old daughter, after I am settled, which will be useful info especially for those who have small kids.
*もう少し落ち着いたら、娘と二人、関東に避難してきたルートなどもお伝えしたいと思います。小さなお子さんを連れた方にもご参考になればと思います。

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The Japan earthquake 今回の東北地方太平洋沖地震を、海外のメディアはこのように伝えています。
at the moment その瞬間。 small shake 小さな揺れ。 roar 唸り声をあげる。 
prostrate 伏せる。  held 掴むholdの過去形。 scatter 散乱する。
shelf  棚。   scream  叫び声。  nursery 保育園。
huge 巨大な。 drift through one’s mind 脳裏をよぎる。
evacuate 避難する。  run through ~ ~を走り抜ける。
fall off from~ ~から落ちる。  pedestrian bridge 歩道橋。
tore 涙を流すtearの過去形。 Japanese earthquake of a scale of 6 震度6.
crack ひび割れる。  victim 被害者。被災者。 evacuee 避難者。
terribly sorry for~ ~に非常に申し訳なく思う。
on the way back home 家へ帰る道すがら。
be suffer from~ ~に苦しむ。 sincerely 心から。謹んで。
make effort to do  doする努力をする。  struggle 必死にもがく。
sudden 突然の。  snow storm 吹雪。  elementary school 小学校。
heart-breaking decision 断腸の思いで決断。

loved ones 近しい人々。家族、友人など自分が大切に思う人たち。
precious 貴重な。 touching 心動かす。心に染みる。
tactful 如才ない。技巧にすぐれ愛想のない。
celebrities 著名人たち。

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コメント

  1. ぺりっちゃん。 より:

    Ueno Yokoさん、おはよう。

    ご無事で何よりです。
    想像をはるかに超える被害状況ですよね。
    いまだに何ら問題解決さえみえてきません。
    それにいまだに被害の全容も把握できていないし。
    原発の問題がなければ進展も早いのでしょうがね。
    原発も大事だけど被災者救援をもっと早く!
    何にもかもが無くなってしまう。
    それこと想像を絶する世界。
    皆がやれることをやるって姿勢で臨まないと・・
    それが一番復興にに繋がることでしょうから。

    ではでは、

  2. Yoko Ueno より:

    ぺりちゃん

    こんにちは。
    コメントありがとうございました!

    同じ仙台市内でも、どこにいたかで本当に違いました。知人の家も残りはしましたが、浸水でもう住める状態ではなくなってしまい、知人の工場は流されてしまいました。

    建物が残っているので、遠目にはなんでもない市街地も、まだガスもなく、建物によって水もなく、物資も不足です。

    通常は使わない飛行機など、かなり無理なルートで避難してきたので、新幹線もまだまだ復旧せず、福島原発も近く、小さな娘には当分は戻れそうにありません。。。家族も心配です。
    あらゆる事態の先が読めなくて。

    でも、関東でも桜が咲き始めました。
    ちょっと、明るいニュースです。

    また^^/

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